集団ストーカーと電磁波攻撃

集団ストーカー加害組織より2006年1月より未公表の科学力(ハイテク犯罪)を受けるようになりました。組織的犯罪(=集団ストーカー)及び未公表の科学力(ハイテク犯罪)の広報のためのブログです。

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恵まれて居ると、分からない事

2007.9.19過去記事


連休中は、頭に強烈な電磁波を浴びせられ続けていたので、ほとんど、自宅でうずくまっていた。

他の嫌がらせに対しては、何とかなっても、電磁波照射だけはどうにもならない。特にお酒を飲んだ時には、就寝中強烈な電磁波を頭目掛けて照射してくる。

恐らく、梗塞を誘発しようとしてのものだと思う。殺人の未必の故意が感じられる。

特にからだに悪いところもない私が、この年齢で脳梗塞で倒れるようなことがあれば、殺されたものと思ってもらいたい。そしてブログに書いた記録を他の被害者のためにも徹底的に検証してもらいたい。

又、最近は、私の動きに合わせての音声送信による語りかけも始まっている。


(本文)

とても感動した記事です。迷っている人、悩んでいる人、苦しんでいる人、
ちょっと頭を休めて読んでみませんか。


恵まれて居ると、分からない事
http://blog.goo.ne.jp/isehakusandou/e/10449d559753dfbd52d44781086e9437

Weblog / 2007-08-22 19:57:50   

人間は、欲を出したら切りが有りません。
1つの願望が叶えば、また、次の願望が出て来ます。
その願望の為に、心が平安には、何時までたっても落ち着き
ません。また、次の願望に心が囚われていて、今の現状への
感謝は有りません。有って、当然に成っているのです。

私の経験では、この世の何でも叶える事が出来そうな、お金
持ちの人でも、心が平安に落ち着いている人は、少ないです。
いえ、持つが故の余計な心配や悩みを持つ人が多いです。
ようは、今、どんな苦しみや問題を抱えていても、現状への
感謝が出来なければ、一生、感謝に満たされた心境には成
ることが有りません。

自分みたいに可愛そうで苦しい境遇の人は、居ないし、また
他人が分かる筈が無いと、思ってる人がいます。
でも、その苦労は、まだ本当の苦労を経験していません。
まだ、中途半端な苦労です。

本当の真実の苦労を、人が経験すると・・・不思議なことに、
何故か、生きている、生かされている、生死の原点を見つめ
出します。苦しさの余り、初歩の苦労で出る、自殺願望では
有りません。逆に、生きているだけで十分だと、思い出します。
極限の苦労は、何故か笑いだします。

真実の苦労を経験した人には、明るい性格の人が多いです。
もともとは、明るい性格では無く、苦労した上で明るく成るの
です。
もう、失うものが無いからかも知れません。

戦後の日本人は、これを経験したのでしょう。
家族を亡くし、焼け野原から逞しく再生しました。その当時、
生存者で自殺した人は、今より格段に少ないでしょう。
生かされている、原点の有り難さを本能で知ったのです。

今、生かされている事への感謝に気づけない人は、幸福な
環境なのかも知れません。その環境を無くさない内に、
気づいて欲しいもんです。
今、今・・・・・・今が大事です。

生かして頂いて ありがとうございます。

                                                     引用終わり


一般の方には信じられないでしょうけれど、私達集団ストーカー被害者は、戦中戦後の苦しみとは又質の違う、見えないハイテク兵器による拷問に日々苦しまされています。

この方は、その苦しみ、絶望も極まれば、感謝の思いに昇華してしまう、と言っているような気がしました。ほんの少しですが、気持ちが楽になりました。

多分私は、まだ中途で、その先の境地があるのではと思いました。

私は、20年近く、ある小さな会社で働いていましたが、同世代の人達が、次々と私の欲しいものを手に入れていくのが、正直羨ましくて仕方なかったです。
なぜ彼らばかり、彼らに与えたその万分の一でも自分に与えても良いのに。不公平だ。
競争して、比べて、そんなことばかり考えて日々苦しんでいました。

現実がうまくいかないものだから、精神世界に逃避した時期もありました。
電磁波浴びせられながらも、いつか逆転してやるぞと、つい最近まで虎視眈々と頑張っていました。
現世での成功を恥ずかしながら諦めずにいたのです。

ですが、結局、この世的には、欲しいものは何一つ手に入りませんでした。

努力、苦労は報われませんでした。

山は何一つ超えることはできませんでした。

集ストだけが原因とは言いません。

自分の性格だと、何もかも欲しいものを手に入れていれば、有頂天になってしまって、傲慢な人間になっていただろうし、一番大事な、「感謝」の念に気付かなかっただろうな、と今はかえってこれで良かったと思うようにしています。

与えなかったのも愛なのかな、と肯定的に捉えています。

信じきることの大事さも感じます。

見えない存在は、そういう私の、今生の性格、カルマ、過去生からの流れ、魂の成長等すべてを多角的に見た上で、私の成長のため、今は沈黙を貫いているような気がします。


日々私は、見えない存在にサポートされて生かされてますが、その見えない存在は、きっと「無償の愛」を送り続けています。

それに対するお返しは、実は、「感謝」だけ、で良いのではなかろうか、と最近思うようになりました。

又、艱難は、感謝の境地に至らせたいがための出来事なのではなかろうか。ありふれた日常生活の奇跡に気付かせんがための出来事ではなかろうか。

死ぬ時の意識が一番大事だとは良く言われることですが、多分、私は、今彼らに殺されたとしても、
穏やかに逝けるような気がします。今生では、苦労は実らなかったけれども、未練もないし、悔いもないし、よくやったな、と自分で褒めてやりたい気持ちでいっぱいです。この部分だけは、唯一恵まれている人より勝っているかなと思っているのです。

初歩の苦労の段階で出る自殺願望を持ったこともありました。
バイクの運転中にハイテク電磁機器を脳に照射されて意識を失いそうになったことも何度もありました。
事故誘発工作で、何度も危ない目に会わされました。
今生かされていること自体奇跡のようなものです。

小賢しい知識など得ようとせず実は「感謝」だけで良いのかもしれません。


この方は、感謝の思いで武装せよ、こんな言葉も使っておられました。

又、こんなコメントも残してます。

「私は、いつも自分が 生きているだけで有難い と言う視点で物事を考える様にします。すると、悩むような問題は消えていきます。」


私は、まだ、中途段階です。話半分でお願いします。
実践は伴っていません。

集団ストーカー被害者の中には、意識の高い方が大勢います。
鋭いことを書かれている方もたくさんおられます。お時間が許すならば、リンクに貼ってある他の被害者のブログも是非お読みください。認知度のまだ低い犯罪ですが、自殺者のうちの何割か、刑事事件(嵌められる)のうちの何割かは間違いなく、この犯罪の被害者です。実に巧妙に隠され続けているこの国のタブーのうちの一つです。

平成21年7月2日一部追加記載









  1. 2009/07/02(木) 11:21:20|
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