集団ストーカーと電磁波攻撃

集団ストーカー加害組織より2006年1月より未公表の科学力(ハイテク犯罪)を受けるようになりました。組織的犯罪(=集団ストーカー)及び未公表の科学力(ハイテク犯罪)の広報のためのブログです。

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いつまでこのブログを記録できるかわからないけれども、これからも増え続ける
組織的犯罪(=集団ストーカー)被害者のためにも、自分がたどってきた、気づいてきた道を記録していきたい。


リーマンさんの記事から引用

「随神(かんながら)とは、神様と共に生きる「生活」自体の事です。
人間には、志(こころざし)が大切です。
1.自分自身の心に神様が居られると意識しながらする生活と行動。
2.自分の心に神などが居るはずが無いと思う人の生活と行い。
この両者では、同じ条件で生まれたとしても、まったく違う人生を歩む結果に成ります。
1番の人の場合、他人からは見えない生活の部分でも、自分の良心=神が見ていると言う自制心があります。
絶えず神様は見て居られると思い、神様ならば「これはどう思われるか?」と日常生活で意識をします。これが進みますと、自分の中に神様の「視点」が確立して行きます。
これが神意識として、実際の霊的な超越した力を持つ事と成る秘密です。自分の生活の中の全てに、神様の視点を意識する事(生活)が、真のマントラ(真言や呪文)を唱える行為と成ります。」


                                
 
組織的犯罪(=集団ストーカー)の加害連中がどこを狙ってくるかというと、「人間脳」
「大脳新皮質」と言い換えても良い。人間以外の動物は持ち合わせていない。
だから、「ほのめかし」「アンカリング」など、人間脳を持たない動物には通用しない。

又、長期間の、電磁波照射により、足一本、腕一本奪われたとしても、人間以外の動物は自殺などしない!
動物の中で、自殺を図るのは人間だけなのだ。

集団ストーカーの加害者というのは、ハイテク(痛撃電磁波、音声送信等)、ローテク(つきまとい、ほのめかし、アンカリング等)織り交ぜながら、組織的犯罪(=集団ストーカー)の被害者を苦悩させ、ささいなことを気にさせ、神経過敏にさせ、自滅へと導く。

私は何事においても、自分のことしか考えて生きてこなかったので、起こる現象に対していつも、右往左往、心を掻き乱され続けてきた。

神様の視点で、自分が物事を見られる様に成長するのが人生の目的です。」
リーマンさんは、こう言っている。

日々の被害についても、自分自身のこととして見ていると、苦しみ、悩みとしか写らない。
ところが、自己が預かっている神様目線で見ると、ただ、たんたんと物事が生起しては消えていっているだけ。
それを眺めている神がいる。ただ眺めているだけ。
こういう目を作れということなのだろうか?

一長一短にそんな目は養えない。
もしも、そんな目が出来上がれば集スト被害も気にならなくなるのだろうけれど。。。

「流れて消えて行く景色は、ただの幻です。これに右往左往せずに、そのまま自分は、席に居れば良いのです。
内在神と共に、流れる景色を眺めましょう。」










足立幸子さんもリーマンさんと同じようなことを書籍で書かれていましたので引用させていただきます。


「感情の方は、皆様どんどんコントロール出来るようになられるのです。
私のパターンで三段階くらいまでは、自分の感情にも相手の感情にも振り回されている段階です。
ところが四段階に入ってきますと、今までだったらすぐカッーとなったりしていたのが、なんだかわからないけど、「静かに見ているもう一人の自分」が出てきたような、「非常に冷静な自分」がもう一人奥にいるような、そんな感じになってきます。
「非常に冷静で、静かに見ているもう一人の自分」が「真我」なのです。
四段階になりますと、それがかなり表面にでてきますから、感情に振り回されないようになってくるのですね。
五段階になりますと、「静かに見ている自分」の方が主導権をとりだしてきますから、「真我」とどんどん一つになってきます。
五段階から先は、それまでの基本の形がなくなっていますね。
四段階までの形は、「真我」の媒体として完成された形なのです。
肉体を持った自分は、単なる「真我」の媒体として存在していたのです。
五段階から先で、それまでの基本の形が消えてしまっているということは、もう媒体ではなく、「真我」と一つになりだしているのですね。
ですから「静かに見ている、非常に冷静な自分」が主導権をとって、そちらが全面に出てきますから、自分の感情にも人の感情にも振り回されなくなってくるのです。
「真我」に近づけば近づくほど、非常に冷静でクールになります。
だからいちいち情に振り回されなくなりますから、ますます楽になってくるわけですね。」





  1. 2010/07/13(火) 13:00:13|
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